草うしのおじちゃん/草うしプロジェクト運営会議委員 古屋輝行

08.草にこだわる理由―健康な牛の条件

08-2. 餌と病気の原因

日本の肉牛の一般慣行的な飼育の場合、飼育期間の全体給餌量における粗飼料(草類)給与比率は、稲わら等を主に10%になるかならないかといったところで、そのほとんどを輸入穀類主体の濃厚飼料多給肥育法が一般的です。しかし消費者にとって有効な機能性成分量のあり方や、脂肪交雑分を高める肥育法への警鐘と栄養飼養学の見地等からも、摂取乾物中の粗飼料の割合を30%未満と30%以上に分け、前者を濃厚飼料多給型、後者を粗飼料多給型として定義されました。

さらに畜産のバイブル書である「農林水産省農林水産技術会議事務局編 日本飼養標準(肉用牛) 中央畜産会刊」2000年版「5.6代謝障害」の項「2濃厚飼料多給による障害」では・・・

「(以下同書抜粋)肥育効率の向上や市場価格の高い肉質(サシ交雑・霜降り)を生産する目的で、穀類給与を主体とした濃厚飼料多給型の集約的方式によって飼養されるようになってきた。しかし、この方式は第一胃内環境の恒常性に破綻をきたすことが多く、ルーメンアシドーシス、第一胃不全角化症~第一胃炎~肝膿瘍症候群(肝炎~肝硬変~肝癌に至る)、鼓脹症、第四胃変位などの消化器病や腸間膜脂肪壊死症、尿石症や蹄葉炎などの疾病の発生が増加している。(中略)そのため濃厚飼料の多給は避け、良好な粗飼料を適当量給与することが基本となる。・・・・

本書に記されている内容の抜粋です。

濃厚飼料の中にはビタミンやミネラル分が少なくそれらを補うために合成ビタミン剤の投与を行っているのが現状です。

例えば・・・「(本書)ビタミンA=動物の成長、正常な視覚に必須の物質で、上皮組織を正常に保ち健常な免疫機構を維持する脂溶性ビタミン。これが不足すると食欲低下、被毛粗剛、下痢、発情不良、中枢神経症、夜盲症、失明、流産、死産となる。ビタミンAは植物性飼料には存在しないが生体内でビタミンAに変化する。その中でも最も生理活性の強いβ―カロテンは腸管でビタミンAに転換される。(牛の場合はそのままのかたちでも吸収され肝臓や黄体で転換される)吸収されたビタミンAは一旦肝臓に貯蔵され、必要に応じて肝臓で合成されるビタミンA結合蛋白質と結合して血中に放出される。ビタミンAの欠乏飼料に牛がどれだけの期間耐えられるかは肝臓のビタミンAの貯蔵量によって決まる。わが国では、和牛のビタミンAの栄養状態が非常に低い。ビタミンA(β―カロテン)は青草、サイレージ(醗酵させた牧草)や良質乾草に多量に存在している。また、ビタミンA欠乏が発生するのは①濃厚飼料の割合が高い②低品質の乾草を給与している時―――」となっています。

また別の項では・・・「ビタミンA制御による肉質改善=飼料中のビタミンA量を制御することにより脂肪交雑をはじめとする牛肉の肉質を改善する。ビタミンA給与量を制限すると肉質とくに脂肪交雑が良くなる。」・・・

濃厚飼料を多給する事で肝臓障害がおこり、そして健康な肝臓でしかビタミンAの代謝ができないことやビタミンAの量を制限すると脂肪交雑度が上がる・・・ということが専門機関、学術者の指摘でも明確になっているのですから、いくら慣行牛生産農家が“特製自家配合飼料で育てた○×の牛―”と自慢しても、濃厚飼料多給で育てていては病気だったり病気でヘタリ牛一歩手前の状態だったりでは何もなりません。

脂肪(サシ)交雑の多少のことよりも、その牛の健康状態や機能性成分がどうであるかなど安全性、健康度が重要な問題です。

健康な牛を育てるには、その牛がどれだけ新鮮良質な牧草や野草を食べているのか、運動状態はどうなのか・・が先ず優先する重要なことではないでしょうか。

注=

① 稲わらも粗飼料に分類されますが、稲わらにはビタミンもミネラル等栄養分もありません。牛は濃厚飼料多給給餌では反芻しなくなるので、反芻作用を起こさすために繊維素の多い稲わらを5~10%程度与え他の90%~95%を穀類主体に与えるのが一般慣行的な方法です。

② 濃厚飼料多給方法が原因でかかる主な病気
・ルーメンアシドーシス(易醗酵性穀類の大量給与により第一胃内に大量の乳酸が蓄積し第一胃内、血中phの低下による食欲不振、下痢、沈鬱、昏睡状態に陥る)
・第一胃不全角化症~第一胃炎~肝膿瘍症候群(肝炎~肝硬変~肝癌)・鼓脹症・第四胃変位・腸間膜脂肪壊死症・尿石症~尿毒症・蹄葉炎・繁殖障害・胎盤停滞・卵巣萎縮・卵胞のう腫
・ビタミンA制御給餌=中枢神経症、夜盲症、失明、流産、死産、食欲低下、被毛粗剛、下痢、発情不良
③ 病気により廃棄処分された牛の数(本文5P参照 厚生労働省H21年度統計掲載)
・病気のため食用の解体が禁止されたのは44頭、身体の全部が廃棄されたのは9,793頭、内臓や一部が廃棄されたのは995,304頭。屠畜場に運ばれ検査された頭数は全国で1,175,991頭。疾病廃棄頭数率85.5%に及ぶ。(平成21年厚生省生活衛生局 統計)

→ 厚生労働省ホームページ
→ 関連記事:食肉牛の病気と廃棄の実態

私たちはいま日本で慣例的に行われている、牛本来の生理を無視した肥育方法に疑問を感じ、健康な牛を育てる第一の基準に“広い原野で草をいっぱい食べさせて育てる”をかかげました。そして安全健康のために“35%以上の粗飼料多給”を健康な牛の絶対的な条件として、本取り組みのスタンダードと設定し、健康牛の飼育に踏み切りました。また牧草も良質なオーチャードグラスを主に自前の牧草・野草で賄うことにしています。

一頭の牛を育て上げるまで、粗飼料比率(乾燥牧草換算)35%で育てるには牧草約3,500㎏が必要となりますから、仮に毎年100頭の成牛を出荷をしようと思えば100ha近くの牧草採草地と管理が必要です。国外からの安い輸入の牧乾草や稲わらには、有毒植物の混入・カビ毒・鉱物毒・加工処理毒・薬剤汚染(輸入時薬剤散布も)・寄生細菌の問題等がありますので自前の牧草で育てます。


青々と育った採草地の牧草

自前で草を育てることと、その原野での「周年放牧」や「夏山冬里放牧」「裏山放牧」スタイルは郷土の山々をも守る資源循環型畜産としてこれからの畜産の基本モデルとなると思います。
(省資源、省エネ、環境保全、自然摂理にかなった丁寧な畜産経営、食の安全性の確保、伝統文化の継承、地域振興といった観点で。)

刈り採った牧草は直径3m程の束にした後、順次その場でラップ包装し保存すると栄養価の高いサイレージ(発酵半乾燥牧草)ができあがる